立川せんせいの自由帳

幸せの手前にあって、幸せの先にあるもの

私は、事あるごとに、お世話になった師匠に頂いた言葉を見返すようにしている。

私がロクデモナイやつだから、もちろんお叱りの言葉が多いけど、メモ書きみたいにざっと書かれた言葉もある。

でも、全てとってある。

それを見返して、自分に問いを持つようにしている。

その中の一枚に、

ずっと自分の中で、疑問?なのか、なにか心のどこかで気になる一枚がある。

『これからの立川先生の人生は、多くの患者さんを治すことで、立川先生の、幸せに変わるのではないかと思っています。

人を治すことは、誰にでも、出来ることでは、ないので、お互いガンバッテ、治療してる行きましょう。』

このメモがテーブルにあった日のことを今でも思い出す。

まだまだ、施術の難しさに今よりもっと苦しんでいる時だった。

懊悩の真っ最中。

確かに苦しかったし、しんどかったし、きつかったし、焦るし、

はたからみると、

闇だったと思う。

確かに側から見れば、けして、幸せそうにはみえなかったろう、とは思う。

ここで師匠が言うところの『立川先生の、幸せ』とはなんだろう。

ずっとそれを考えてきた。

考えてきて、答えが出た、わけでもないし、答えが出ない、わけでもない。かと言ってそれだけに集中して深く追求して考えているわけでもない。

いや。ちゃんと考えろよ!と思われるかもしれないが、私が思う考えるは、正しい答えを出すことだけではないと思うからだ。

ただ、

『なんやろなぁ、、。』って気持ち。

考えていたいのだ。ずっと。

時間をかけたいのだ。きっと。もっと。

それでここ最近、

答えにはなってないとは思うが、

ふと、自分なりに思ったことがあったから、

ここに記しておこうと思う。

まず、

何かをすることで、幸せに変わる。

と言うところに、

疑問があったのかもしれない。

なぜだろう。

たぶんここに違和感があったのかもしれない。

なぜだろう。

自分の中で、疑問?違和感?があったのだろうと思う。

少し話が変わる気がすると思うがそのまま見てほしい。

実はちょっと前に、ジムで自分の姿を鏡で見たことがあった。

ジムって全面鏡になってるところがよくある。そう、あれだ。

トレーニングに行って、トレーニングをして二時間くらいはいたと思う。いや、確かにいた。

いや。そのはずなんだよ。

でも、

ずっと私ウロウロしてるだけ。(笑)

何してたと思う?

たぶん考え事してたんですよ。笑

そう。ジムで。

やばいっすよ?

何聞きます?

まじですよ?

全然、どうぞドン引きしてください!

あー、明日〇〇さん、朝一やけど来れるかなー、、。

あー、明日雨か、明日〇〇さん、また頭痛いいいだすぞー。

あー、待てよ、明日〇〇さん、昼からパート言うてなかった?え、行けるんかなー。

あー、〇〇さんとこのパート先大変そうやなー、そういえば店長にちゃんと言いたいこと言えたんやろか?

あー、いや、ありゃいえんかもなぁ、、。いやー、いえるか?言えてるかもな、、またあした聞いてみよ

あー、〇〇ちゃんこの前授業でケーキ作る言うてたけど上手くいったんやろか。

あー、え、、ちょっと待てよ、〇〇ちゃん、卵アレルギー言うてなかった?え?ケーキ作れんの?え!!大丈夫やったかな、、。絶対明日聞いてみよ。

あー、〇〇くん、彼女にあのこと言えたんかな、、気まずいやろなぁ、、でも、言えたら気持ちスッキリするかなぁ、、いやぁ、気まずいかぁ、、。どうやろなぁ。

あー、〇〇ちゃん、受験会場遅れずに行けたやろか、ちゃんと間に合ったやろか、、。

あー、〇〇ちゃん、いきたがってたライブのチケットあたったんかなー?どうやろー、楽しみしてたからなぁ、当たったらいいなー、

あー、〇〇さん、旦那さんと旅行行く言うてたけど、新幹線大丈夫やったかなぁ、、。

あー、〇〇さん、出張行く言うてたけど、飛行機大丈夫やったかなぁ、、。

あー、〇〇くん、欲しがってたカード買えたんかな、、渋谷まで行く言うてたけど、1人で迷わんといけたんかなぁ、、。

あー、〇〇くん、ちゃんと学校サボれてんのかな、、明日きたい言うてたけど。全然学校ある時間帯やけど、ちゃんとうまいこというてサボって来れるんかなぁ、、。

あー、〇〇くん、ダンゴムシちゃんと砂場に戻せたんかな、、いつもポケットに持ってくるけど、いや、明日雨ならダンゴムシもそっちが安全か、、。

あー、〇〇さん、志望校の紙、先生に渡せたんかなぁ、、そもそもかけたんかなぁ、、

あー、〇〇さん、会食言うてたけど、いきたくないっていえたんかなぁ、断れたかなぁ、、、。大丈夫やったやろか、、。

とかこんなん。

たぶん、ウロウロしてて、挙動は不審だろう。笑

たぶん、ではない。確実に不審者だ。周りの見る目が違う!!(自信もって言うことではないが自覚があるのだ笑)

何にもしてないし、何にもなれてないし、何かを成し遂げてもないし、

なんなら考えてるだけで、

何にもやれてないのだ。

なんの成果も、なんの結果も、もちろんなんの報酬も受けてない。

ただ、

ふと鏡で見た自分の姿は、

幸せそうだった。

何を持ってそれをそう思ったか、

そんなんは知らん。笑

幸せそうに見えた?かどうかではないのかもしれない。

ただ、その時間がざーーっと流れていってるけど、なんだか、

幸せそうだった。

てか、幸せに感じてる時間がざーわーーっと流れてた。

そんだけ。

誰かのことを考えて、

誰かのことを心配して、

誰かのことを思って、

なんかできるかなー、いや、自分が何にもできないとしても、

ただ思って、

願って、祈って、何にもできないから、

預けて、委ねて、任せて。

何にもなんないけど、

どこにも行かないけど、何にもなれないけれど、

たぶん幸せってこう言うことだと思う。

だから、

師匠が言うように、

多くの患者さんを治すことで立川先生の幸せ

に変わる。

ってのももちろんなんだけど、

その手前でも、

幸せを感じられている。

誰にでもできないことを成し得なくても、

何にもなくても、

幸せでいる、自分。

だから、

幸せの手前にあるものも、幸せで、

幸せの先にあるものも、幸せで。

幸せとは

何かで変わるものではなくて、

ふとしたところにいつもあるものではないかと、私は思って生きてきたから、

ふと、幸せに変わる。という言葉が

妙に自分の中の大切にしてきた何かに触れた気がしたんだと

思う。

けして、師匠に異論を申したいとかではない。ということだけは伝えておこうと思う。

確かにあの頃のしんどくてきつい時間だったけど、私にとってはそれさえも幸せだったと言うとこ。

それが自分の中に確かにあればそれだけで良いと言うこと。

師匠からいただいた言葉に、

いや。自分今充分幸せなんですけど。とかそんなぶっきらな感情では、けしてない。

師匠がどんなつもりでこれを私に送ったのかはわからない。

もっとがんばれよ!とか、もっと精進しろ!まだまだ!ちゃんとやれよ!

かもしれない、

労い、励まし、お叱り、喝、

なんでもよかった。

私にとってこうやって、彼から

いただいた言葉が

まるで私の幸せを願うかのように受け取られたこと。

それだけでも、

私には少なくとも、幸せな時間だったのだろう。

だからこそ、何度も何度も見返して、

何度も何度も噛み締めて味わう。